唐さん!お疲れ様でした!そして本当にありがとうございました!


唐さんのお通夜ではNHKのアナザーストーリーがエンドレスで流れていて、

最初に中村勘三郎さんの舞台の映像がアップになり、勘九郎さんの言葉が流れます。

唐さんのテントに憧れて平成中村座を勘三郎さんが立ち上げた話から唐さんのこれまでの演劇人生が甦る演出です。


真っ赤な薔薇の祭壇といい、まるで唐さんの演出のようだとお経を読んでいた雑司ヶ谷、鬼子母神の法明寺の住職がおっしゃいました。
いつものおしゃれな帽子を被った唐さんの棺を見ながらお経を読むのは悲しくて涙が止まらないと。まさかこんな日が来るとは!と。


親しかった勘三郎さんとの出会いも唐さんが繋げて下さったことを改めて思いました。

唐さんは、本当に亡くなってしまいました。

唐さんの冷たい小さい手を握って50年の夢が全身に沁み込んで皮膚に溶け込みました。
本番中の唐組の皆さん頑張って!
去り難く、写真を撮らせていただいた演劇の仲間たち。

柄本明、川村毅、木野花、銀粉蝶、宇梶剛士さんら。
 

唐十郎さんが亡くなってしまった。
精神的支柱を失った思いで、昨日からずっと考えている。


私が25歳の時に書いた「夜の影」という戯曲が演劇雑誌の新劇に掲載された時、
唐さんが評価してくださり、岸田國士戯曲賞候補と勘違いして、当時の先輩の劇作家達に、面白い作品だと紹介して下さったという。

そして翌年のゲゲゲのげの戯曲賞に繋がって行ったと聞いている。


 今、こうして戯曲を書き続け、演劇を続けているのは、唐さんのお陰と言えるだろう。
大喧嘩をして四年間絶交したこともあったっけ。
しかし、唐さんの作品の魔力と人間的な魅力とで親しく付き合わせていただいた。

唐組のメンバーにも並々ならぬお世話になり、唐さんの生み出した演劇の子供達とも長い付き合いが続いている。
六月にお会いできる事を楽しみにしていた!もっともっと話したかった。残念でなりません。

寺山修司さんと同じ日に亡くなるなんて!生前寺山さんが「唐は君を買ってるんだね?君も良いけど、でも如月小春も良い作家だよ」などと私に言ったっけ。寺山さんは唐さんを凄く意識していましたよね?
私が28歳の時に演じた唐さんの作品少女仮面の春日野八千代役の写真もあげます。

この作品がきっかけで、俳優の仕事をやり続ける事になりました。

野々市市の椿荘に避難されている能登半島地震ので被災した皆様を

「さるすべり」公演に ご招待することが出来ました。

 

完売のところを赤羽ホールさんのご好意でお席を用意していただいたのです。

 

喜んでいただき、本当に嬉しかったです。

 

劇場をバラしている光景、影アナで放送している私の写真もあげますね。

 

市村正親さん、大竹しのぶさん、福麻むつ美さん、スイニードットお疲れ様でした!


舞台作品は再演を重ねるごとに深くなり、演出意図もハッキリと見えてくるものですね?

 

ウクライナ、パレスチナの被害の連鎖を思い、胸が詰まりました。

 

市村さんの手紙の朗読を出演者達が朗読してコーラスになるところ、ゾッとして、なぜか?万葉集を連想しました。

 

不協和音の不吉なコーラスのためかな?


市村正親さんは舞台芸術学院の先輩。

 

二十歳の時に参宮橋の喫茶店でお会いしてから、50年!

 

いつかデュエットさせてください。

 

さるすべり公演! 金沢の赤羽ホール、本日も大盛況でした!

仮設住宅に避難されている皆様もいらしていただき、

二階席、補助席と満杯のお客様。

感謝感激です。 

 

さるすべり公演 は残すところ、

 

12日14時の八戸市公会堂と、 18日の山形県民ホールの後2回です。

 

 応援してくださるお客様ありがとうございます。

 

スタッフキャストの皆さんありがとうございます!

 

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